忙しさがピークになると
私の心は
決まってどこかに流れていこうとする

旅に出たくなったり
本をめちゃくちゃ読みたくなったり
絵を描いてみたくなったり
詩を書いてみようかと思案したり
器を作ろうと思わないのは、やはり
現実逃避かな
毎年一編だけ書く詩も
今年はなんのひらめきも降りてこず

作品展会場が休みの昨日、なにかキーワードになる映画あるかも?と
ひとり
シネマイーラに出かけてみた
観たのは
「地球交響曲第八番 ガイアシンフォニー」

(サイトは
こちら)
今回は「木の精霊」」がテーマの
オムニバス形式のドキュメンタリーだ
古来より自然神を崇める日本人の原点を見るかのよう

絶対神ではなく
山であったり木であったり石であったり…
いろいろなものに神が宿るという、なんというおおらかな発想だろう
中でも奈良県吉野の山深い場所にある天河神社の編が印象的だった
この神社の所蔵する能面の復活へ向けてのプロセス
その間行われるおごそかな神事に胸を打たれた
森林の復活を願う
NPO「雲を耕す会」に所属する私は
気仙沼の
NPO「森は海の恋人」の活動も興味深く観た
杉の人工林を間伐し自然林に変えれば、陽が当たる場所には下草などいろいろな植物が現れる
それに合わせて、小動物も生活でき、本来の自然のサイクルが生まれる
木はしっかり根を張り、地盤も固くなるし
腐葉土を通して流れる山の水は鉄分を多く含み、やがて行き着く海のプランクトンの繁殖に貢献する
そのプランクトンを求めいろいろな魚たちが集まるのだ
「森は海の恋人」と言われるゆえんはそこにある
ちなみに
宇宙の声を聴くとは
「人は、自分たちの命が、宇宙の大きな命の一部分であることを誰でも知っていた。太陽を敬い月を崇め風に問い火に祈り水に癒され土と共に笑うことが本当にいきいきとできた。」そういう自然ともう一度語り合うということ。
…などとお堅い話になったけれど
とにかく世事に疲れた心はすっきりと癒された模様

詩のキーワードを探そうなどの邪心は、当然消えてしまったよう
「人は悲しいこと、辛いことを押し殺し、自分の胸の奥深くしまい込む
その想いを溢れさせ、思いのまま涙を流すことを促してくれるのは音楽」だと

これは、東日本震災で津波で流された木で作られたバイオリンの製作者と、その夫人で演奏者の編で聞いた言葉
印象に残ることばだ
さてさて
今日から、また「みなつきのうつわ展2015」の1週間がスタート
知人の来訪の連絡もすでに入っている

すでに50個ほどの器が旅立っていったけれど
まだまだたくさんの器

中だけ釉薬を掛けた焼き締め一口カップ

粉引きのカフェオレボールたち

ユニークな陶板たち

これは完売したけれど、まだまだ違う汲み出し茶碗も
2日間の充電で元気をもらい
また今日からがんばりまっせ~